三男4歳の発熱お迎え電話*子育てに過剰な責任感と罪悪感はいらない。

母になった「私」の体と心が元気なら、子育てはもっともっと楽しい。
札幌の産後セルフケアインストラクター永野間かおりです。

      
今週半ば、【旭川】マタニティ&産後ケア教室の6月コース2週目を終えて、さぁ札幌帰るかーと思ってたところに、三男4歳の保育園から電話。

 
「けいたろうくん、お昼寝から起きたら熱があって…」
「わかりました、すぐ迎えに行きます!」
 
 
そう言ったものの、高速走っても2時間はかかる。あちゃー、よりによって出張日の今日来たか!
 
今、旭川での仕事を終えたこと。
なるべく急ぐが、2時間はかかりそうなこと。
三男の様子を尋ねること。
 
担任の先生と必要なことを確認して電話を切ったら、深呼吸。
 
そして、仕事中の夫に「ケイ発熱、これから迎え行く」と短くメールして、札幌をめざしました。
 
 

子どもの発熱、夫にメールしたら? 

すると程なく夫から返信。「大丈夫?あなたお迎え行くの、難しいんじゃない?」と。
 
園とのやり取りの結果と、「少し時間はかかるけど、私が迎えに行くから大丈夫」と返信しました。
 
運転しながら、「そろそろ体調不良くるかもと思ってたら、ほんとにきたな」「あれ?いつ以来の発熱?年明けてから初めて…ってことは、半年以上ぶりか!」「1年前、江別に引っ越した直後は、しょっちゅう発熱して、一時保育さえ1/3ぐらい早退してたよななぁ」「末っ子だから、小さいちいさいと思ってたけど、いつの間にか体力もついて、だいぶ熱出さなくなったよねぇ」「でもお迎えコールって、結局まだちびっこかぁ…」とか、グルグルグルグル、頭の中でいろいろ振り返ってはつぶやいてました。
 
急いでも仕方ない、捕まったらアウトや!と思いながら、やっぱり気持ちが急くものですね。
事故も違反もなく、無事に札幌に着いて、いつも以上にホッとしました。
 
 
 
 
保育園の迎えに行ったら、職員室の隅の簡易ベッドにちんまり座って、ホカホカ熱くなりながらぬいぐるみで遊ぶ三男が待っていました。
 
こういう時、「ごめんね、いっぱい待たせちゃったね〜」って、どうしても言ってしまう。
頑張って急いで迎えに来たし、これ以上どうしようもないんだけど、ホカホカの子どもを見ると、胸がキュッと苦しくなって、「ごめん」とつい言ってしまう。
 
先生は、「旭川だったんですもんね、大変でしたよねぇ…」と気遣ってくださって、それにどれだけ救われるか。子どもの状態はもちろん、親の私の事情も汲んでくださって、ありがたい。
 
 
帰宅して、水分しっかりとって、のどごし良いゼリーやら食べさせて、よし、これから数日は熱が上がったり下がったりで4,5日かかるな!と覚悟。
 
そういえば、息子3人いるけれど、みんな体調崩した時の経過が違います。
 
長男:高熱がバンッ!と出て、1日で解熱。
二男:熱は出ない、代わりに喘息気味の咳き込みがしばらく続く。
三男:ぼんやりした熱が出て、上がり下がりを数日繰り返す。
 
どの子も2,3歳までは、保育園からもしょっちゅう発熱お迎え要請電話がありました。
それでも我が家の子どもたち、すごく丈夫だなと思います。よく食べるし、早寝早起きだし、昼寝もよくする。
 
私の子育てはかなり大雑把だけど・笑、それでも「食べる・寝る・うんこする」の3つだけは大事にしてるよなぁ…と、自分を褒めるw
 
 

帰宅した夫のことば

子どもが発熱しても、すぐ病院には行きません。一晩様子を見て、他の症状も観察して、受診はそれから…と私はしています。
 
帰宅した夫に、メールの件をたずねたら、私が旭川の仕事でイレギュラーだったから、どうしても難しければ自分が迎えに…と思ってくれたそう。
 
 
夫の仕事は時間も場所も変更が多いので、きっと彼が迎えに行くのは難しいと思っていました。
でも、久々の息子発熱にテンパってる自分のこの焦りだけでも、リアルタイムで夫に伝えておこう…、そう思ってメールで状況だけでも伝えたつもりでした。
 
後になって、「どうせあなたは迎えに行けないと思ったから、だから私が1人で焦って慌てて迎えに言ったのよ!」なんて、恨み言(!)を言わないように、今のそのままを伝えようと思ってメールして、あぁ、本当によかったよ…と思いました。
 
迎えに行ったのは私だけれど、いざという時は無理を押してでも自分が子どもの迎えに行こうと夫が思ってくれていたことがわかったから^^ 
 

子育てに母だけが過剰な責任感を持たずに、夫婦でわかち合えたら

「息子発熱!」と夫にメールして、「オレ仕事だから迎えに行くのは難しいよ」と返信あるだろうな…、メールしてもどうせそうなら、いいや自分で何とかして、後で夫に伝えれば…。
 
そう思って、夫に子どもの体調不良を伝えずに、自分で何とか収めようと頑張ったことも、過去にありました。
 
でもその後で必ず、「何よ!なんだかんだいって、子どもが具合悪くて私が大変だったあの時、あなたはそこにいなかったから見てないし、そもそもそんな大変な状況だったって知らないじゃない!」「私が1人で時間やりくりして対応して何とかしたんだよ?!」と、夫への不満ばかり残ったんです。
 
それは、私が子育ての責任を自分で一手に引き受けようとして、それが不安で不満で、その苛立ちを夫に当たり散らす結果になっただけ、でした。
 
 
夫は別に、対応を変えた訳じゃないんですね。
 
夫だって子どもが具合が悪いと知っていれば、迎えやケア、受診に連れて行く私に、「大丈夫だった?」とか「ありがとね」とか、それなりのことばを掛けられた。
でも知らなければ、状況についていけず、「不安な私が欲しかったことば」を掛けられたなかっただけ。
 
それは夫の問題じゃなくて、「状況や不安なおもいを伝えなかった私」の都合だったんだと今は思います。
 
 

「いいお母さん」「動じない肝っ玉母さんに」は呪いの言葉だ 

夫に不安や弱音を伝えられたかった時、「だって私お母さんだし…」の責任感や気負いが、不安や弱音を素直に吐き出すことの妨げになっていました。
 
「いいお母さん」も「肝っ玉母さん」も、人によって解釈は違うのに、それなのに唯一の正解がある気がして、それを目指したり求めてしまう。
 
それは、周りの誰かや一般論で求められたもの…なだけじゃなくて、単なる自分の思い込みでした。
 
 
 
 
初めての産後から11年経った今の私が、いつも頭の片隅に置いてることがいくつかあります。
 
・「子どものために」は、言わない。それはいとも簡単に、「子どものせいで」に変わるから。
・「いいお母さん」は妄想・夢・まぼろし(!)、そんな霞みたいなあるかどうかわかんないものより、「機嫌のいい笑ってる母さん」でいることを選ぶ。
・「食べる・寝る・笑って遊ぶ・うんこする」、子育てでこの4つががんばれていれば、よし。
 
たくさん悩んで、自分を責めることもして、いろんな価値観に触れてみて、自分でルールをつくっていく。
それでいいんだろうと思います。だって、実際に目の前の我が子と暮らし、子育てするのは自分だから^^
 
 
 
結局、3日間も保育園を休んで、運動会も欠席した三男。
残念だけど、大丈夫、運動会は来年もあるから^^年中さんは出場種目も増えるだろうし、きっとさらに楽しいぞー!
 
回復しつつある今は、運動会で見せてくれるはずだった「一等賞体操」を元気に見せてくれてます。
「母さんも歌って!」と言われて、えー聞いたことないよーーと困りながら適当に歌ってごまかす週末です^^;
 
 

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