私がはたらく母になるまでの話。

はたらくことに反対した夫・発熱を繰り返す子ども・母になって学ぶ厳しさ【7年専業主婦だった私がはたらく母になるまでの話⑤】

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札幌の産後セルフケアインストラクター永野間かおりです。

連載しています、【7年専業主婦だった私がはたらく母になるまでの話】④を書きます。

産後ケアを知って怒った私【連載①】

結婚後の私の負い目・初めての産後と産後クライシス【連載②】

子育てより悩んだ「母になった私のこと」【連載③】

専業主婦から産後セルフケアインストラクターをめざす【連載④】

 

夫の反対

3月・5月に東京で集中講座を受講して、

産後セルフケアインストラクター養成コースを受験して学び、

1年後には産後ケアではたらいていきたい、そう決めた私。

 

でも、夫にその意志を伝えると、 夫は「いいね!」とは言いませんでした。

 

それまで、産後ケア教室に通うのも、 東京まで講座受講に行くのも、

何度も相談した上で、 了解しサポートしてくれた夫。

 

でも、この時私が伝えたのは、

「これから1年近く、オンラインや東京に通いながらの研修で

学び続ける必要があること。

そのために子どもたちを保育園に通わせること。

そして来年からは自分で仕事を立ち上げて始めたい」という、

より具体的な話。

 

これから先の家族の生活が激変する、ということでした。

「家事育児に支障のない範囲でなら…」ということも、

最初夫は言いました。

「オレはずっと転勤のある仕事で、

あなたが専業主婦になると言うから、 だから結婚したのに…」

とも、言いました。

 

それを聞いて、「ひどい!」「なんでわかってくれないの?」

とはおもいませんでした。

 

当然だな、こういうスタンスで私たちは結婚して、

家族になったんだから…と冷静に思ったのを覚えています。

 

夫は、結婚当初と何も変わっていない。

私が考え・生き方を変えようと思って提案しているだけ、でした。

 

求められた「夫婦間の共通理解」、それにチャレンジする姿勢

認定インストラクター養成コースの募集要項には、 こう書いてありました。

 

パートナーとの共有

■半年間のトレーニング期間=職業訓練に入ることで、

今後の生活は大きく変わります。

今パートナーと一緒に暮らしている方は、

産後セルフケアインストラクターになるまでの道のりと

なった後の展望やマドレボニータの活動について、

パートナーと共有してください。

 

■お互いの生活の変化は二人の生活に大きな影響を与えますので、

ひとりではなく二人でその変化に備えましょう。

 

そして、当時のエントリー応募用紙には、

「あたなは妻が今回産後ケアを伝えるインストラクターになろうと

チャレンジすることに、どんなおもいを持っていますか?」

という夫が記入する欄もありました。

 

専業主婦だった私がマドレボニータで学び、その後はたらくには、

夫の産後ケアの仕事への理解と応援、 具体的な協力が必要でした。

よく言うような、

「家事育児に支障のない範囲で、お小遣い程度にはたらくならいいよ」

「オレは仕事忙しいから、これ以上の家事育児の協力は無理だよ」

夫がそんなスタンスだったら、 私は本当にやりたいことができなかったのです。

 

夫の反対に私はどう対応したか?

夫にインストラクター養成コース受験の相談をしても、

最初は「忙しいから」「今はちょっと」と、

話し合いにもなかなか応じてもらえませんでした。

 

それは今までとは生活が変化することと、

突然主張を変えた私への抵抗もあったのだと思います。

 

 

でもここで、拗ねたり泣いたりして自分を憐れむような、

そんな暇は私にはありませんでした。

 

だって、当時の私はもう31歳です・苦笑。

大人だし母さんで、時間は限られています。

 

そうすると…、はい、何度でも書きますよ。

 

「やる!」と決めた私の動きは、とにかく早いんです・笑!

話し合いにならないのなら、じゃあメールだ!と

こんな内容の長文メールを夫に送りました。

 

「今まで私は、自分の生活が、

子どもと夫を除けば何も残らない不安を ずっとずっと抱えてきた。

でも、産後ケアを知って取り組んでみて、

一緒に参加した人たちの表情の変化に感動したから、

これからは産後ケアを広めることを『職業』にしたいこと。

何より、そう思ったり行動したきっかけは、

シェアリングで聞いたあなたの話。

私も心惹かれることに、出し惜しみせずチャレンジしたい。

大事に夢中にできるものを手にして、取り組みたい。

そしてそんな姿を、子どもたちにもあなたにも見せていきたい。」

 

 

そして、この時に私を支えていたのが、

「私は夫の仕事を心から応援してきた」という自負でした。

 

夫とシェアリングをして彼のおもいに共感してからは、

毎週末のサッカー・フットサル遠征や学びの機会も、

そしてなぜか飲み会まで・笑、嫌味なく、

気持ちよく笑顔で送り出せるようになった私。

 

口にこそ出さなかったけれど、

いや、ちょっとは出しちゃったかも知れないけれど(!)、

「これまで私が夫の仕事を応援してきたのだから、

今度は私の学びとはたらくことを応援して欲しい!

夫婦お互いにサポートし合って、

お互いの意思と興味を尊重し合いながら、

一緒に手を取り合ってこれからの人生を歩みたい」

 

そんな強くてはっきりしたおもいもありました。

そうやって夫へ伝え続けながら、

4歳と1歳の子どもたちを保育園に通わせる手続きも進めました。

 

よく「ロールモデルがない」「前例がない」といいますよね。

 

でも、7年も専業主婦をしてきて、 いきなり個人事業主をめざして

NPOで学びはたらこうというめずらしい私に、

そもそもモデルなんかないのが当たり前です。

 

だから、ないならないなりに、

自分でいろんな方法で調べて、聞いて、行動しました。

 

ネットも本も関連ありそうなものは散々調べ、

子どもが日中安心して過ごせる居場所(保育園)を確保するために、

市役所の担当課で名前を覚えられるほど通い、書類も揃えました。

 

それが母になった私が学ぶための、最優先の環境準備でした。

 

毎晩子どもたちが寝た後に、 キッチンの隅に鏡をもってきて、

その前でバランスボールで大きくまっすぐに弾み続ける練習をしました。

バランスボール、実は最初とても苦手だったんです。

 

自分の人生は、自分で選べるんだ。

私は進みたい道を、これから自分で選んで進んでいくんだ。

そこには夫も子どもも一緒にいて欲しい。

だから体づくりも家族の理解を得ることも環境準備も、 今がんばるんだ。

 

そうやって夫婦のコミュニケーションと環境準備を続けてきた、 2010年の春。

最終的に養成コースエントリー書類に夫が記入してくれたのは、 こんな文章でした。

 

「自分は今まで、たくさんの学びの機会を得てきた。

妻の『産後ケアを学びたい、それで人の役に立ちたい』 というおもいは、

分野は違うけれど、自分と同じだと思っている。

これからはそんな学びの機会を、

夫婦でわけ合っていきたい」

やった!これでやっと、スタートラインに立てる、

はたらくためにチャレンジすることができる!

そう喜びながら、緊張もしていました。

 

その後、インストラクター養成コースエントリー通過のメールが届きました。

2010年春、産後ケアを知ってから3年近く経っていました。

 

膨大な課題量・タイトな締め切りと甘えのないインストラクター養成コース

6月からオンラインの産後セルフケアインストラクター養成コース5期で学びました。

その後8ヶ月間の間、毎週月曜に配信される課題に、ひたすら取り組む日々が始まりました。

 

(この時期のカレンダー、毎日「何時に〇〇の課題締め切り」と、赤ペンでみっちり書かれてる)

職業を得ようとするのだから負荷がかかるのは当たり前で、

言い訳する間もなく、必死に課題に取り組む毎日。

 

そこでわかったのが、「人は続けていれば慣れる」ということ。

課題受け取りましたの連絡、スケジュール作成、

youtubeへの毎週の動画課題投稿も、googleドライブを使った

仲間の課題へのコメントも、やればやった分だけ慣れて、

スピード感がついて数多く取り組めるようになりました。

 

というか、スピードつけないと終わらない。

 

子育てしているので夕方17時半には、

子どもの保育園迎えに行かなければ!

 

もちろん、養成コース全体を通して、つねに体を動かし続けました。

⇩クリックすると、少し若い私が、必死な笑顔でアイソレーションをしてます^^;

もし、「子どももいるんだからほどほどでゆるく、ムリせずに」

そんな課題量とスケジュールでやっていたら、 学びもその程度で、

今のように個人事業として 仕事を続けていられなかったかも知れません。

 

養成コースで印象的だった学び2つ

 

産後セルフケアインストラクター養成コースの学びで

印象的だったことが2つあります。

 

1つ目は、メールひとつでもホスピタリティを表わせるということ。

養成コースの課題はメールで受け取り、

課題の投稿・お互いの課題へのコメントも、

すべてメール・メーリングリストの文章ベースでやりとりしました。

 

お手本となる先輩たちのメールの素早さ、あたたかさ。

 

課題へのコメントも愛とユーモアに溢れていて、

何よりとっても品が良かったんです。

 

そんな先輩たちに少しでも近づこうと意識して行うメールでも、

すでに「インストラクターになるための訓練」は 始まっていました。

2つ目は、「よい質問と悪い質問」について。

課題に取り組む中で、疑問がわき上がったときに質問する際は、

「その質問で相手に何を与えられるか?」を考えること。

「クレクレの、教えてもらって当然という受身な姿勢」ではなく、

自分なりの考察と、疑問点を明確にして、

「相手が答えやすい質問」をすること。

そして、答えてくれる相手が、

その知見を得るまでに 投資したお金や時間を想像した上で、

感謝と誠意をもってコミュニケーションを図ること。

質問することそのものが、 相手や仲間への貢献になることだってあること。

そんな風に教えられました。

それまで「子育て中の母親」だった私に、周囲はただただ優しかった。

 

でも、「大丈夫?」「無理しないで」の言葉に、

自分を無力で小さな子どものように感じられて、

続けばそれに何の疑問も抱かなくなり、

無理しない・無難に過ごし

チャレンジも努力もしないのが当たり前になっていました。

 

でも養成コースでは、職業人をめざす一人の大人として、

つねに、「自分は人に何を与えられるか?」

「場にどんな貢献できるか?」の主体性ある視点と姿勢をもつことを、

最初にガツンと叩き込まれました。

 

インストラクターをめざし始めた今、

もうお客さんではいられない。

 

インストラクターになったら、自分で認知を広めて、集客して、

自ら仕事を創り出していかなければいけない。

 

だから、今こうして与えられる課題があって、

それにガムシャラに取り組めるのは、

実は恵まれた状態だった…ということが、

養成コースを終えて独り立ちするころ、やっとわかりました。

(産後ケアを学び始めたおかげでつながった、応援してくれる母仲間)

 

「私なんか」は同情と反論を引こうとする甘えた言葉・自信は行動してついてくるもの

この養成コースのおかげで、

「私なんかにはムリ」「自信がないから出来ない」ということを、

あまり言わなくなりました。

 

役割や仕事を「やってみない?」と振られたら、

それは機会をいただけた「チャンス」。

 

内心「えらいこっちゃ!」と思いながらでも(!)、

「ありがとうございます、がんばります!」と取り組むようになりました。

私がめざす先輩たち全員が、そんな凛々しい姿勢をもたれていたから。

 

そうやって役割や仕事を得て場数をこなせば、

やっぱり少しずつでも慣れていきます。

 

人前に立った時、ただ緊張して いっぱいいっぱいになるだけでなく、

周りを見渡して反応をみたり、

自分がこの場をどんな風に回していきたいか?を

その場で考えて 実践する余裕もついてきます。

 

そういうことのすべてが、仕事に自分に、活かされていきます。

 

「私なんか…」「自信がなくて」

自分を過小評価して引っ込むのは、 かんたん。

 

でも、一見謙虚に見えるその姿勢の裏にあるのは、

失敗や批判への不安や恐怖。

でも、やったことがないことは、

いつまで経ってもできるようにはならない。

そして、やればやった分、絶対に気づきや自信が残る。

次に取り組むべき課題だって得られる。

 

そして、えいやっ!と実際にやってみると、

失敗も恥も批判も、意外に大したことがない。

 

先輩たちや周囲の人が、

私のためをおもって敢えて伝えてくださる教えやアドバイスは、

聞けばそれがどんなに大事なことなのかわかります。

 

だから、「言いにくいことを言わせてしまったな、

だからその分、ちゃんと出来るようになろう」とおもって、頑張れます。

 

また人前で失敗したり、批判される経験をすると、

「なんだ、おもったより大したことはないし、

それで自分が損なわれることはない。

むしろ今経験して、それに気づくことができてよかった」と思える。

 

チャレンジして結果を引き受けることで、

自分にとって「必要なもの」と「それは『私の問題』じゃない、

スルーしていいもの」が、ちゃんと判断できて、

ムダに落ち込んだり傷つかなくてもよくなる。

 

「あなたのためを思って言うんだけど…」と、

その人自身の不安をアドバイスや忠告の名で投影してくる人もいます。

 

でも、子育てしながら学んだりはたらく限られた時間で、

そういう「他人の問題」にまで構っている暇はない。

 

「私なんか」と言った時点で、

自分をその程度にラベリングしてるということ。

相手からも、それに見合った扱いを受けることになる。

次のチャンスを、遠ざける。

 

自分が心底やりたくないことは、やらなければいい。

でも、やった方が何かしらプラスになるなら、

どんなにこわくてもそちらを選べるようでいたいです。

 

こんな風に、産後セルフケアインストラクター養成コース

学び続け修了できたことは、今でもしんどい・辛いことがあった時の

支えであり、自信にもなっています。

 

大丈夫、私は大事なものを手放さずにがんばり抜ける、と。

 

母が学ぶ、そのとき子どもたちは?

 

養成コース開始と同時に、

子どもたち2人は同じ保育園へ通い始めました。

 

その前の1年間を幼稚園に通っていた長男には、

「母さんが勉強して仕事していくために、保育園に移るんだよ」と、

何度も説明しました。

 

長男は「保育園イヤだよ」と言いました。

そりゃそうだ、自分の意思に関わらず、

 

居場所が変わることへ息子が抵抗するのは、もっともです。

でも、子どもがイヤがるから…を理由に、

諦められることではありませんでした。

私が子育てしながら学ぼう・はたらこうと思ったのは、

長男を出産して母親になった「自分の未来」が まったく描けず

 

愕然とした経験があるから。

その後、話し合い協力し合いたいはずの夫婦関係も、

薄っぺらくて脆くて、対等なものではなかったことに気づかされた、

苦い経験があるから。

 

あのまま「〇〇ちゃんのママ」として子どもの陰に隠れるのではなく、

もっと真剣に堂々と、自分の人生をどっぷり生きたいとおもったから。

 

だから、そう思わせてくれた子どもの存在が、

チャレンジする理由にはなっても、 諦める理由にはまったくなりませんでした。

子どもには保育園の行き帰りの車の中や、夕飯を食べながら、

その日どんなことがあったか?しんどいことはないかをたずねたり、

私がどんなことを、どんなおもいで勉強しているか? うれしかった出来事、

うまくできなくてくやしいことも、 よく話して聞かせました。

 

「かあさんまた叱られちゃった。はずかしくて情けなかったよ」 と言うと、

長男は「あ、それ僕もわかるよ」なんて言うんです。

親子で「だよね~」なんて、よく慰め合いました。

 

「子どもだからわからない」ってことは、ありませんでした。

 

一度言うだけでは伝わらなくても、あきらめずに何度も繰り返し、

言って聞かせて、取り組む姿を見せていれば、

そうすればちゃんと伝わるんだと思います。

 

子どもの体調不良

でも、まだ1歳児クラスの二男はしょっちゅう発熱・早退したし、

試験の時はぜんそくで入院もしました。

 

でも、課題も試験も、当然ながら延期などなく、

チャンスはその時だけ。

 

仕事を始めてからだって同じような状況はたくさんあるんだからと、

必死でスケジュール調整や、 夫、義父母、子育てサポートなど、

たくさんの手を借りながら、

何度も子どもの体調不良を乗りきりました。

 

あちこちに説明して、お願いして、頭を下げて、感謝して、

やるべきことに集中して取り組みました。

 

言い訳したり、必要以上に落ち込んだり、

罪悪感を感じるような暇もありませんでした。

 

(養成中に何度も開催した体験会!)

 

追試、それでも諦められずチャレンジした

ですが、一度では求められるレベルに達することができず、

追試にも取り組みました。

 

この時、養成コース同期の仲間や先輩たちが時間をとって

アドバイスを送ってくださって、

最後まで練習・課題投稿し続けることができました。

 

また、養成コース終盤、課題が間に合わないと必死な私の横で、

夫がよく夕飯をつくってくれたのを覚えています。

 

夫も同じ時期に学びに取り組んでいました。

夫婦がお互いに自分のことに必死で、努力し続ける人間が家に2人いても、

毎日こまめにコミュニケーションを取ることで、なんとかやっていけました。

 

「一人でインストラクターになるんじゃない。

同期の3人全員で、一緒になってね。」

「夫婦でコミュニケーションと協力を積み重ねながらの 学びです」

 

養成開始時に講師に言われたことばは、まさにその通りでした。

同期の仲間がいなければ、

私は養成コースにしがみついていられなかったはずです。

夫、子どもたちの存在も。

 

そうやって課題取り組みをし続けてやっと、

2011年2月に認定インストラクターとして

産後ケア教室を新規開講することになりました。

 

次回、「産後ケアを職業に・はたらく母になるのに一番向き合い変化したのは夫婦関係【最終回】」に続きます。

 

  • この記事を書いた人

永野間かおり

認定NPO法人マドレボニータ産後セルフケアインストラクター。「産後のピンチをチャンスに変える」をモットーに、札幌・旭川・苫小牧・北見にて産後ケア教室を実施。自治体/産院/保健師・助産師など専門家向け講座の講師も務め、述べ受講者数は2,000名を超える。1978年岩手県出身。札幌在住、3児の母。

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