about me 子ども・子育て

外出自粛・家にこもってわかった子どもと築きたい関係性

更新日:

外出自粛から、ほぼ1ヶ月。

夫単身赴任不在・母子のみの我が家では、私と中2長男&小5二男との揉め事が増えました

取り繕わずに正直に言うと、「はー、母さんしんどいよ!毎日同じこと言っても何一つ子どもに伝わらなくて、変わらなくて疲れたよ、やってらないよ〜!」です、はい。

(夫と長男が高校受験の問題を解いて勝負していた)

そうやって全部を投げ出したくなっている私の内側に真っ先に湧き上がるのは、「なんで〇〇しないの⁈」の非難する気持ち。「自分こそが正しい!」のゴリ押しですね。

…もう我ながらうっとうしいなー!BBAうるせぇよ!←…と自分でもおもっちゃう。

ならやめりゃいいのに…なのだけれど、そうおもって回避できるなら、とっくにしてるし!!!

…とにかく、とっちらかってることだけは、確か(。-_-。)

 


でも、ちょっと時間を置いて冷静になると。

 

「なんで〇〇しないの?!」と息子に伝えても、きっと否定と自己正当化する返ってこないだろう。

なぜなら、過去にそれを夫とお互いに散々し尽くしたので、私、知ってるんです(恥)。

だから、三男の保育園迎えに行く道すがら、「イラッとした時、私は何をどう感じたんだろう?」「ほんとうはどうありたい?どうしたい?どうして欲しいんだろう?」をひたすら感じてみました。

 

「(頭で)考える」だと、「〇〇すべき・しなくちゃ」の思考に支配されてしまって、小手先の「こう言えば・すれば」の安易な行動にしか表せない。

 

だから、ちょうど胸の辺りを意識して、「どうだった?」「何がある?」と自分に問いかけてみました。

 

(二男が焼いたバナナケーキ、激ウマ!!)

 

湧き上がってきたのは、「話を聞いてもらえなくて、悲しい」「尊重されていない悔しさがある」でした。

 

そしてそれを、夕飯の時間、「私はね」と自分を主語にして子どもに伝えました。

 

ウンウンと一通り聞いていた中2長男からは、様々な彼の言い分と、「母さんだってさ…!」の不満とリクエストも出てきました。


「お、いつもの『はい、はい』で流さないで、ちゃんと話した!」と思いながら、内側では「はー、そう感じてましたか!てか言いなさいよ、そん時リアルタイムで!」と、正直おもってしまった。

 

でも、よく考えたら、親・大人相手だから引っ込めちゃうこともありますよね。14歳と41歳、言葉も行動も大人の方がおもうままに扱えるんだから、どうしたって10代の分が悪い。「大人」「親」というだけで、もう十分に権威・権力。

 

寝る前に、そのやりとりを振り返って、もう小さな子どもじゃなくて、「自分とは別の一人の人間」「半分大人」として接しなければいけない時期なんだなぁ…とおもったんです。

 

そして翌朝目覚めて、「あれ?『一人の人間として接しなくちゃ』っておもうってことは、もしかして私、今まで『子どもだから』と息子を舐めて軽く扱ってたんじゃない?どうせわからないだろうと思うから、自分がおもう正しいことを伝えなくちゃ・わかってもらわなくちゃって、ゴリゴリに押し付けてたんじゃない?」、そう、自分に対して疑問が湧いてきました。

 

そしてそして、子どもが中学生になって、「子育てのフェーズが変わった」とわかったように嘯いていたけれど(!)、ほんとうはもっと小さい時期でも、同じ目線で、対等に接したり、気持ちを聞くことはできるはず。実は、ここで問題なのは長男じゃなくて、子育てする親の私の方なんじゃないか?とおもえてきました。わ、なにこれどうしよう…!

 

実際、保育園や家でケンカしたり、癇癪を起こす三男にはよく、「こんな気持ちだったの?」「ほんとうはどうしたいの?」とよく聞いて会話しています。6歳でもたずねればちゃんと、「悲しかった」とか「バカにされたように感じてくやしかった」とか、「励ましてもらえてうれしかった」「ほんとうはこうしたかった」と、気持ちを言葉にして伝えてくれます。

 

そんな風に「今の気持ち」「本心」をたずねる機会は、三男に対してが一番多いかも知れない。

なぜかというと、気持ちを大事に扱うことの意味とその方法を、私が仕事や学びの場で、この数年ずっと取り組み続けてきているから。だから、意識的にやっている。

 

それなのに、ある程度大きくなった長男二男に対しては、それを三男ほどにはじっくりできていなかったし、しようともしていなかったんだ…と初めてわかりました。なんだこれ、やっぱり長男じゃなくて、私自身の問題じゃないか。

 

 

で、ここからが私のいいところなんですが・笑。

「間違えたな、悪かったな」とおもったので、ケンカした翌日に感じたこと・考えたことを、長男に正直に話しました。

言わないで責めっぱなしでうやむやにしたら、もしかしたら長男二男は今後、「母さんの話など聞く気はない」「どうせ何を言っても無駄だ」と分断するようになってしまうかも知れない。もしかしらら、すでに半分そうなっているのかも知れない。

私はそれを望んでいないし、気づいたタイミングから修復したいし、できるともおもってるから。

 

「キミが言ってた『母さんも僕を尊重していない』はほんとうだった、それに全く気づかずに、責めてばかりいて悪かった。私は自分の正しさを押し付けたくない、言いなりにはしたくない。自分で感じて考えて、選んで行動できるようになって欲しいから。

それでも、どうしても…ということは、これからも言っちゃうかも知れない。でも、もしキミが違うと思ったら、いつでも言葉でそう伝えて欲しい。本音で対話できるようになりたいから」と。

 

遮ることなく黙って聞いていた長男は、「わかった、僕も悪かったとおもってる」と、ホッとしたような落ち着いた様子で話してくれました。

 

昨日まで全く相容れなかったお互いの間に、橋がかかったような、そんな時間でした。

 

(13年前!みんな若いけど、長男ダントツに若いw幼いww)

 

きっと、一度そうか…と納得しても、きっとまたケンカしたり、失敗してしまう。
そんなに一気に急には変われないし、簡単ではないから。

 

でも、もしまた私間違えた!とおもったら謝ればいいし、「私はこう思うんだけど、きみは?」と問いかけることもできる。揉めるからこそ、感じられることや気付けることがきっとある。

 

一緒に暮らす家族は、そういうコミュニケーションに毎日取り組めるチャンスがある。

でもその時、「夫が」「子どもが」と自分以外の誰かを主語に考えていたら、湧き上がるのは攻撃性や被害者意識ばかりになってしまう。言われた・された・傷つけられた…と受け身の認識で、自分がどう思ってどうしたいか?が、どんどんわからなくなっていく。

そして、イライラしない・怒らない!とおもうと、今度はそれがプレッシャーや抑圧になって、イライラする自分に絶望してしまう。感情過多(!)な私には全くもって無理なので、湧いてきた怒りや悲しみは一度感じ切ることにします。あるものは、ある。ないことにしたら、余計こじらせてしまうから。

 

その後で、「じゃあ私はどう感じた?」「どうしたかった?」と、主語も矢印も自分に向き直して、ほんとうに在りたい姿や関係性を模索して、それを言葉で伝えて、相手のそれも聞いていきます。

 

子どもは、毎日やりたいことに夢中になって取り組んで、楽しんでる。やらなくちゃいけないことも、自分のペースで進めている、それで十分、いいじゃないか。

 

厄介なのは思春期じゃなくて、「思春期めんどくさい」と思い込んで、正しさを振りかざす親の私自身でした。

 

なんだか最後は自分のトリセツみたいになってしまった・笑。

 

●受付中の産後ケア札幌教室5月コースの詳細はこちら●

  • この記事を書いた人

永野間かおり

認定NPO法人マドレボニータ産後セルフケアインストラクター。「産後のピンチをチャンスに変える」をモットーに、札幌・旭川・苫小牧・北見にて産後ケア教室を実施。自治体/産院/保健師・助産師など専門家向け講座の講師も務め、述べ受講者数は2,000名を超える。1978年岩手県出身。札幌在住、3児の母。

-about me, 子ども・子育て

Copyright© 産後チャンス〜マドレボニータ札幌の産後ケア教室 , 2020 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.